生命の手記
埼玉県 小林美代子

遺品の靴  昭和56年4月11日生まれ、3385グラム。平成元年1月26日まで東京下町で過ごし、その後、羽生へ引っ越しました。小児ゼンソクに認定されるほど、小学校までは運動(特に走ること)はなかなか出来ず、とても辛い思いをしていたようです。
 高校に入学してから初めてトランペットを始め、大会にまで出場することができました。小学2、3年には帝劇でのミュージカル『オリバー』にも出演しました。人一倍音楽が好きな子でした。
 我が子へ
 何故、遠い所へ行ってしまったのか。理由はお前しか知らない。
 なぜ、悩んでいたなら、苦しんでいたなら、話をしてくれなかったのか。
 これから色々楽しい事、辛い事、世の中の醜さを話して、どう乗り越えて行くかを話そうとしていたのに。
 或るいはそういう事がわかっていたのか。
 親に心配かけさせたくなかったのか。
 これから一緒に酒を呑み、将来のまだ見ぬ花嫁のことをあれこれ想像しながら話ができると思ったのに。
 本当に悲しい。17歳という一番輝いている時を、人生を、自ら終止符を打ってしまった。
 生きてほしかった。生き抜いて欲しかった。「生きる」という言葉にしがみついてほしかった。がむしゃらに。
 生きてさえいればやり返す事も、思い知らせる事も、やり直す事も出来たのに。一緒に何でも出来たのに。一緒に・・・
 「生きてさえいれば」。苦しい事かもしれない。でも残された者はもっと苦しく、もっと悲しい。生きてほしかった。
 物事には順番がある。
 優しかったわが子よ、優しすぎたわが子よ、最後の最後に信じていた人に裏切られたなんて・・・
 「ゆっくりと、やすらかに」。



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