生命の手記
神奈川県 鴻巣たか子

 我が家には決して開けない扉がいくつかあります。1つ目は家族の写真がたくさん詰まっている戸棚と、息子たちが書いた作文や絵を入れてある本箱。カギはかけてありませんが、昨年の5月以来開かずの扉になっています。
 次は私の記憶の扉。ほとんどの記憶を閉じ込めて、自ら開けることはありません。日々忙しく、次々に新しい記憶を詰め込むようにしていると、懐かしい音楽をふと耳にした時や、見覚えのある情景にハッとする時以外、記憶を呼び覚まされることはあまりありません。
 でも例外はあります。今年の春先、高熱を出して数日間寝込んでしまったのですが、薬を飲み寝ている間中、特定の映像が走馬燈のように繰り返し出てくるのです。 遺品の靴
 夢の中で息子の事故後の情景が幾度となく再現されていました。熱が下がり、気付きました。記憶装置のカギが高熱のため壊れてしまっていたのです。カギをかけて押し込めていた思い出したくない事故の記憶が無意識のうちに蘇ってしまったのです。病院での息子の姿、棺に入れられた息子の姿、決して思い出したくありません。これからもカギはかけたままです。
 私の家族がメッセージ展に参加してちょうど1年になります。初めて参加したのは千葉会場でした。前日の準備から片づけまで全部に参加しました。ちょうど事故の加害者に対する刑事裁判が始まったところでした。
 事故はその5カ月前に起こりました。原付バイクで駅に向かっていた息子は、覚せい剤常習者で無免許の男の車に対向車線から突っ込まれ、意識を取り戻すことなく2日後に亡くなりました。
 家族はただ裁判を傍聴することしかできず、居ても立ってもいられない気持ちでした。息子のために何かしたい、そんな気持ちでいっぱいでした。事故後は人に会うのも嫌で、仕事以外は外出もしていませんでしたが、そんなとき、メッセージ展を知り、意を決して参加したのです。
 会場を右往左往し、遺族仲間と語り合い、泣き笑いをしているうちに、私の中で何かが少しはじけました。心の扉が少し開いたのです。
 この1年間、全てのメッセージ展の会場に家族のだれかが必ず足を運びました。私にとってメッセージ展は、この世にはいない息子とどう向き合って生きていくのかを見つめる場所であり、自分の心の開き具合を計るバロメーターでもあるのです。
 でもいつになったら他の扉を開けられるようになるのか、それは今も分かりません。



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