生命の手記
愛媛県 徳永順子

 人並みの頭脳と、人並みの美貌と、人並み以上の健康を兼ね備えた娘でした。
 おしゃれが大好きで、美しくなるための努力を惜しまない娘でした。心に秘めた片思いの人がいました。あの日まで・・・
 2001年7月8日、大好きな仲間たちの待つ場所へバイクを走らせていました。娘の走る走行車線に突然、前から1台の外車がスピードを上げて追い越しをかけてきたのです。自宅を出て5分後の一瞬の出来事でした。
 警察から連絡があったのは事故後1時間ですが、家を出るまでは笑顔の娘でした。でも再びその笑顔を見ることはありませんでした。
 病院で会った娘は、物言わぬ、たくさんの線につながれて集中治療室のベッドの上に横たわっていました。私が、母として娘にしてやれることは何一つありませんでした。ただ、助かって欲しいと祈るだけでした。
遺品の靴  娘も一生懸命頑張りました。生きたかったのでしょう。誰にも“さよなら”もいわずに天国に召されるのはあまりにさびしかったのでしょう。
 1週間後の7月15日、昼間にものすごい雷鳴と共に横殴りの雨が降りました。その日の夕方、静かに娘の心臓が止まりました。
 この時から母の時計は止まったままです。ずっと、悪夢を見続けています。決して覚めることのない悪夢を。もう一度、娘の笑顔が見たい・・・もう一度。
 それからは失意の毎日でした。何をすることもできず、ただ時間が過ぎ去るだけでした。
 初めて「生命のメッセージ展」会場に足を運んだときは、知らない人ばかりでしたが・・・
 涙があふれました。ずっと我慢し続けて、人前で涙を流すことのなかった私が、素直に泣けたのです。
 この空間の中に娘を入れてやりたい・・・
 会場に行けるときには、娘の遺品&写真を持って、束の間の逢瀬を味わっています。
 もう、こんな辛く悲しい思いをする家族が増えないように心から願います。
 会場を訪れて下さった方々に、生きているということは当たり前ではないということ、そして命の大切さ、尊さをぜひ!たくさんのオブジェの中から感じ取っていただけたらと思います。



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