>>>>>>>> 生命のメッセージ展 in 青森/天国への手紙集 <<<<<<<<

靴

 青森会場でいただいたお手紙です。

・みなさんへ
初めまして。私はボランティアでみなさんのことを知りました。自分は、なにもしていないのに亡くなった人ばかりです。イジメなどで亡くなった人もいると思います。残酷すぎる死にかたです。青信号でも車はつっこんでくる時があります。ご家族の方は、どうして自分の家族がと思うかも知れません。いや、そう思うはずです。みなさんのために書かれたメッセージを読みましたか??一人一人に母親から、友人から、といろいろメッセージがあります。私はみなさんのメッセージを見て泣きました。みなさんに会ってもう一度抱きしめたいという人が多いです。帰ってくるのを待っている人もいます。私は生きていることはすばらしいと、生きることはこんなに喜ばしいことだと思いました。生きたくても生きられなかった人たちのために、生き続ける人たちがいます。私も生き続けます。生まれ変わってきた時は幸せに暮らして下さい。どうか生き続けて下さい。(15歳)
・みなさんへ
初めまして。私はボランティアにきた者です。残酷な事件や事故で天国へ行ってしまったみなさんの気持ちを考えると涙がとまらなく目からあふれでてきます。天国におられるみなさんの両親、兄弟、友人方はどんなにかなしんだことでしょう。命というのは一人にひとつしか存在しません。かけがえのない命を大切にしていない人は今の時代たくさんいます。私は天国におられるみなさんのぶんまで、今生きているみなさんにつたえたいです。自分の命も大切にして欲しい。ただそれだけの事です。私は今生きているからこそこういう事が言えるのです。天国におられるみなさんの分まで楽しい人生を歩んでいきたいです。この世の中が犯罪やいじめ、交通事故がおこらない一人一人が安心できる世界になるように、私は今もこれからもずっとずっと祈り続けます。そして、私の大好きな家族を一生大切にして今を一生懸命生きたいです。天国のみなさんの分まで!!!(15歳)
・ボランティアに参加して
私は事故にあったことがある。でも助かった。今まであまり深く考えたことは無かったが、この企画に参加して、自分が助かったことは、すごく奇跡的なことなんだと実感した。「生命のメッセージ展」には不慮の事故で亡くなった人、暴力を受けて亡くなった人、様々だ。人は死んでしまえばそのまま時が止まり、生きてる人はいずれその悲しみを忘れてしまう人もいる。けど、忘れてはいけない。自分の意志に反して亡くなった被害者の苦しみ、悲しみを生きている人間はきちんと考えなくてはならない加害者にはもっとその事に気づいて欲しい。人の死について本当に深く考えてみる必要があると思うことが出来てよかったです。(17歳)
・昨年四国遍路を歩かしてもらい、その時出会った方で7才の娘さんのためにまわっていらっしゃった方がいました。交通事故だそうです。娘さんの年の分だけまわると言ってました。私も今月に大型免許をとりましたが今回この会場に来ていっそう事故への気くばりを強めることが出来たと思います。ただ乗る車が大きくなったのではなく、それに乗る私の気づかいや心づかいも車以上に大きくなくてはいけないのだと肝にめいじました。(24歳)
・小学校の子供二人(共に男)を連れてきました。いくら口で注意してもわからない様子です。だからみなさんの事を自分たちで見て欲しかったからです。事故は自分だけが注意していてもふせげません。だったら私はせめて加害者にならないように注意するしかできません。他人の人生を途中で終わらせることにはならないよう、このパネルが増えないよう、運転をする人、みんなが足を運び、みなさんの事を胸に焼きつけなければいけません。子供達は今日のこのパネル展を見てどのように感じたかはわかりません。ただ、飾られているおもちゃを見て、「この子はもうこのおもちゃで遊べないんだね」と言ってくれました。少したつとこのパネル展の事は忘れているかもしれません。けれど、自転車にのる度、車にのる度どこかで気付いてくれたらと思っています。自分たちと同じぐらいの子が写真の歳のまま大きくならないということを。パネル展を青森で展示してくれてありがとうございました。
・みなさんへ
元気ですか?っていわれてもこまりますね。わたしの名前はK・Kです。天国のみなさんの文をよみました。みているととても悲しくなります。まだ終わっていません。みなさんは会いたい人に会えます。いままでほんとうにおつかれさま。しらない人だけど、ありがとう。(10歳)
・このボランティアに参加して午後の講演を聞いたとき、テレビなどの報道と事実は全くちがうこともあるのだとわかりました。いくら被害者の人ががんばっても、なかなかそれを実現できないということもあって、いつまでもあきらめない姿を見ていると、自分も何かしなければという気持ちになりました。本当のことをちゃんと知ることができるような世の中になってくれればいいと思いました。(16歳)
・今日「生命のメッセージ展」を見ました。たくさんの人が無念の死をとげていました。その中には私と同じ年の子も、私と同じテニスをやっている子もいました。私は残された人の手紙を見ました。残された母はいつもしかっていたことを悔いていました。私は、いつもお母さんにしかられていることを幸せに思います。生意気な私だけど、これからもしかってください。私はあなたが大好きです。(15歳)
・どうして愛され、まちのぞんだ子供をうばってしまうのでしょう。自分勝手な運転は本人より命をうばわれた子の家族に不幸をもたらします。今日の、命の重さを考える、生命のメッセージ展に足をはこべた事をなによりもの幸運と考えています。今日は園児28名を連れてきました。まだ小さくて文字も読めないのですが、自分たちと同じ黄色い通学帽を見つけた時には子供ながら感じるものがあったようです。これからも活動を応援します。
ななこ − かわいそうだなと思った。
ゆう − かわいそうだと思った。
こうき − さくらんぼをあげたかった。
りょうや − かなしくなった。
けんと − いっしょにおべんとうを食べたかった。
りな − かわいそうだなと思って、さみしくなった。
ゆうた − みんなで遊びたかった。
ゆうと − とてもさみしかった。
りょう − お手紙を書きたかった。
しゅんや − すごくかなしくて、かわいそうだった。
りえ − とてもかなしかった。マクドナルドのポテトをいっしょに食べたかった。
しずか − ようちえんでとれたいちごをあげたかった。
みき − おべんとうに入っていたソーセージをあげたかった。
しょうご − ゆうえんちで遊びたかった。
りんか − かなしかった。
きょう − さみしかった。
まひろ − ぼうしを見て、かわいそうだと思った。
さき − かわいそうだと思った。
ゆうか − かわいそうだなと思った。
ゆい − かわいそうだと思った。
たくま − 幼稚園でいっしょに遊びたかった。


トップ戻る

トップへ戻る
office@inochi-message.com